本校は、明治6年1月11日に佐伯校として設置された後、明治8年8月5日に校舎を新築し、樂群小学校として開校した。その後、尋常小学校、国民学校を経て、昭和22年4月より薭田野小学校と改称し現在に至っている。
薭田野町は、亀岡市の中心部より西に位置する農村地域であるが10年あまり前に住宅団地が造成され児童数が急増し、昭和57年にピークに達した。
その後は減少の傾向をたどっている。農家のほとんどが兼業農家であるが、数戸の専業農家では、畜産と野菜の多角経営が行われている。また、地元で商店経営をしている人や土木関係の事業に従事している人もかなりあるが、亀岡市内をはじめ、京都市や大阪方面への通勤者が多い。
また、薭田野町には伝統行事として佐伯灯篭があり、毎年8月14日には、無形文化財に指定されている人形浄瑠璃が上演され、 薭田野神社は多くの人でにぎわう。また、天然記念物の桜石や、旅館街「湯の花温泉」もよく知られ、全国各地からの観光客でにぎわっている。
